役に立つなら勉強する?

高校入試や大学入試の話をすると「古文なんかより、実用性のあるものを勉強させた方がいい。古文の勉強はしなくていい」という声を聞きます。

それも一理あります。

でも、それがまかり通るのであれば「中学3年生の平方根の計算や2次方程式の勉強はしなくていい」となってしまいます。

日常で平方根の計算なんてまず使いませんし。

そもそも日常では面積を求めることもありませんので、三角形の面積を求める公式なんて覚えなくても良いということになります。

では古文や2次方程式の代わりに、一級建築士、司法書士、電気工事士の資格を取るための授業にしましょうか。

その方が学生たちもやる気がでるでしょうか?

答えはNoでしょう。

なぜなら、「人は必要に迫られないと動けないから」です。

資格を取る勉強をする人は、資格を取る必要性を感じているから勉強するわけです。

そうでないのに資格の勉強をする人はまずいません。

SHIMIZU

ごく稀に資格マニアがいるけどね

なので、古文を司法書士の勉強に変えたところで、学生は目の色を変えて勉強するなんてことはまずありません。

それが何の役に立つかわからないから勉強に身が入らないのではないのです。

何の役に立つかわかっていても、必要に迫られなければ勉強しないのです。

中学生で勉強したところで、その資格を卒業後すぐに使える人なんてそうそういません。

高校生なら、卒業後就職する人も出てくるので、そういう場合は有効です。

例をスポーツに移します。

例えば野球のピッチャーとしてプロになりたい選手は、ピッチャーで使う筋肉以外は鍛えなくて良いのでしょうか。

そんなことはありませんよね。

小中学生のうちから特定の筋肉ばかり鍛えることは逆に体にとって不都合でしょう。

小中学生のコーチであれば、全体的にバランスよく鍛えることを推奨すると思います。

なので、ピッチャーであっても、水泳をやったりマラソンしたりといろんな競技に触れて体の使い方を極めさせるでしょう。

勉強も同じです。

若いうちに、いろんな分野の勉強をして、土台を作ります。

「将来役に立たないから、勉強しない」では駄目なのです。

将来の役に立つかどうかでいったら、スポーツだって怪しくなってきます。

スポーツ選手として生計を立てられるのはごく限られた人です。

それ以外の人にとっては、大人になると役に立たなくなってしまいます。

プロになるつもりがない人は、スポーツをする意味がないからしない方がいい、となってしまいます。

友人Y

小さい頃からスポーツしてりゃ、体の使い方がうまくなって怪我をしにくくなるんじゃないの?

SHIMIZU

そういう意味では役に立つね

友人Y

じゃ、スポーツもしたほうが良いじゃん

SHIMIZU

そうだね。でもそれなら勉強も同じでしょ?

勉強も、2次方程式を解けるからといって、それで食べていくことはできません。

でも、日常で何かしらの役に立っているはずです。

役に立つかどうかで勉強のモチベーションを上げることはできません。

必要性を感じるかどうかなのです。

そして、その必要性を感じるかどうかは、一人ひとりにかかっています。

大人だって「ウォーキングは体にいいからやった方がいい」と言われて素直にやる人はいませんよね。

健康診断で引っかかって「このまま何もしないとまずい」という状況になって初めてウォーキングをするのです。

やったほうがいい。

役に立つ。

こんなことを言われたって、やるかどうかはその人が必要性を感じるかどうか。

突き詰めていくと、必要性を感じさせるのが自ら勉強させるための第一歩です。

それともう一つ、人を動かすというか、自ら勉強させる方法があります。

が、長くなったので今日はこのへんで。

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この記事を書いた人

学習塾Lilyの講師。筑西市出身。
「いかにわかりやすく教えるか」を追求することを好むが、教えすぎない指導を心がけている。

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