ただのクラスメイトが、ふとした瞬間に恋愛対象になるように、勉強する気持ちも急に湧き出てくることもあるでしょう。
いわゆる、やる気スイッチがオンになった瞬間です。
嫌いな人が自分より成績が良いということを知った瞬間なんかにも、やる気スイッチが押されるでしょう。
こういうのはOKです。
そして、こういう機会に巡り会えたら、それはラッキーだと思いましょう。
嫌いな人にも感謝すると良いです。
なぜラッキーかというと、こんなふうに「スイッチが入る」ということはそうそうないからです。
自分の中から感情が湧き出ただけでもうラッキーなのです。
ただ「塾に行って、やる気スイッチを押してもらう」という発想はおすすめしません。
そもそも、そんなスイッチありませんし……。
ぶっちゃけたな
私はやる気はオンオフが簡単に切り替わるスイッチではなく、手回し発電機のようなものだと思っています。
手回し発電機はまず最初に頑張って手を動かさないと電気が流れません。
同じように、やる気もまず最初に自分で手を動かすのが大事です。
ちょっと掃除するつもりが、いつの間にか大掃除になるように、やる気を出すには最初に動くことが重要です。
「嫌いな人に負けて悔しい思い」がきっかけとなって、やる気が出るのは良いことです。
自分の中からスタートしてますからね。
でも「塾に行ってやる気を出させてもらう」のはNGです。
そもそも「感情を相手に委ねる」という発想が間違っているのです。
考えてみてください。
「好き」「嫌い」の感情って、自分から生まれますよね?
それを他人から「好きになれ」「嫌いになれ」と言われて、そのとおりに出来るでしょうか?
無理だな
やる気も同じです。
他人に「やる気を出せ」と言われて出ますか?
やる気を出させるような話をしてくれる先生やコーチはいるでしょう。
でも、その話を聞いてやる気になるかどうかは、人それぞれ。
結局は自分で焚きつけないといけないのです。
他人にやる気を出させてもらうことが出来る人は、他人にやる気を削いでもらうことも出来るということになります。
そしてそれは、その他人の思い通りということになり、その人次第で自分がコントロールされるということになります。
妙な宗教にハマってしまう人がどういう人だかわかってきましたね?
そう、自分の感情のコントロールを相手に委ねてしまう人です。
ということで、やる気スイッチを押してもらうという発想はやめましょう。
それより自分でなんとかやる気を出す方法を試行錯誤する姿の方が正しいです。
「このままだと落ちるぞ」と危機感を煽られた方がやる気がでるというなら、そういうことを言ってくれる人に、
「がんばれ!」と応援してもらった方がやる気がでるというなら、応援してくれる人に、
それぞれ近づいていくのは良いと思います。
が、結局最後は自分次第。
自分がどうやってやる気を出すのか、まずは突き詰めて考えてみてください。