やりたいことが浮かぶのは、やれないとき。
通勤中の電車の中では部屋の掃除はできません。
そういうときに「帰ったら掃除しよう」と思い立ちます。
しかし、いざ家に帰ってくると、その気はもうどこかに言ってしまいます。
翌日、また電車の中で「今日こそ帰ったら掃除しよう」となるのです。
こんな感じで、できない状況下ほどやりたいことが思いつくものです。
時間ができて、いつでもできる状態になった頃には「あー、暇だなぁ。なんか面白いことないかなぁ」なんて言ってみたり、スマホをずっといじってしまったりするものです。
私が思うに、やれないときにやりたいことが思い浮かぶのは「罪滅ぼし」なのではないかと思います。
どういうことか説明しましょう。
まず、部屋の掃除はしたくないという前提があります。
いや、できることならしたいですよ?きれいな方が良いに決まってますし。
ただ、めんどくさくてしたくないのです。
なので、したいかしたくないかで言ったら、したいんですけれど…「きれいな部屋のほうが良いから、掃除したいけど面倒だから掃除したくない」という、両方の気持ちが混在している状態です。
こういったことが他にもたくさんあると思います。
学生で言うなら勉強がまさにそれ。
勉強をしたほうがいいか、しないほうがいいかと聞かれたら、ほぼ全員がしたほうがいいと答えるでしょう。
でも、それをしたいか、したくないかで聞かれたら、できればしたくない、となるんじゃないかと思います。
そんな状態のものが心のなかに住み着いているとして。
そういうときに、それができないときに「帰ったらやろう」と思い立つんだと思います。
通学中の自転車に乗っているときには、ノートを開いて宿題をすることなんてできません。
そんなできない状況だからこそ「帰ったら勉強したい」とか思っちゃうのです。
そうやって思うことで「私は勉強する気持ちはあるんだよ」と自分に言い聞かせているんじゃないかと思うのです。
この辺が「罪滅ぼし」と感じる理由です。
でも、実際に時間ができると掃除も勉強も、なかなかやれません。
怠けたい誘惑に負けてしまうのです。
人間、暇があるとろくなことに時間を費やしません。
浪費します。
そうすると、多少忙しい環境に身を置いたほうが時間の使い方が上手くなるでしょう。
部活をやっていて忙しい思いをしている方が時間の使い方が上手いと言われる所以はそこにあります。
部活をやっていない子はそれだけたくさん時間があるはずですが、部活をやっている子より勉強時間が2倍あるかと言われたらそうでもないでしょう。
それくらい自分を律して、時間を使うというのは難しいことです。
ちなみに、先程の「部活をしている子の方が時間の使い方が上手」と言いましたが、これも皆が皆そうかと言うと、そんなことはまったくありませんけどね。
「部活でつかれた」を水戸黄門の印籠のように見せびらかして、堂々とだらけるなんて子もたくさんいると思います。
時間があるからといって、その時間を有意義に使える人は10%もいないんじゃないかと思います。
ということは、時間を有意義に使えるだけで、上位10%に入り込むことはできそうです。
時間を有意義に使う第一歩として、スマホをオフにしてみてはいかが?
それは無理。たとえ時間を無駄にするとて、スマホはやる!
意志の方向性がなぁ……