判断するために

明治時代になったとき、明治政府主導で改革を進めていました。

そのうち「国民の声を政治に反映させろ」と自由民権運動が高まってきました。

そこで「10年後に国会を開くよ」という約束をしました。(国会開設の勅諭)

 

 

この当時の明治政府の判断は凄いと思います。

すぐに国会を開くではなく10年後と猶予を作ったところが見事です。

 

 

”国民の意見を反映させる”というのは今となっては当たり前で、そんな現在からすると「なんで国民の意見を反映させなかったんだろう」と疑問に思ってしまいます。

 

でも、考えてみたら「当時の国民は無知」なのです。

 

例えば、外国がどれだけ近代化しているかとか軍事力をつけているかとかを知りません。

知っている人が少ないと言った方が正確でしょうか。

 

その時に全国民に「日本の軍事力を上げるために増税する」と言ったところで、反対する人は多いでしょう。

「軍事力なんかより、税金を下げて国民の暮らしを楽にしろ」とか言う人も多いでしょう。

多数決で決めるとしたら、たぶん減税する方向に行くでしょう。

 

 

でも、海外の状況(清がイギリスにアヘン戦争で負けたことなど)を知っている人であれば、軍事力を強化しないと外国に攻められて日本そのものが無くなるという危機感を持ち、減税には賛成しないでしょう。

 

 

国民の意見を尊重するのは崇高なことですが、国民が正しい考えを持っているかというと微妙です。

 

だから、国民が正しい考えを持てるように、学ぶ期間を設ける必要があったのでしょう。

10年後というのは絶妙な期限設定だったと思います。

 

 

ちなみに、国民が正しい考えを持てないのは、国民が愚かなのではなく、得られる情報が少ないからです。

 

田んぼで仕事しかしてない人は海外の状況を知ることがありません。

話で聞いたとしても、どこか他人事でしょう。

 

そんな状況で何かを判断するというのは危険なことです。

 

 

犯罪者を裁く人が、証拠の有無や背景を知らないまま判断を下せないのと同じです。

何かを判断するには、相応の知識が必要なのです。

 

 

 

日本も核を持つべきかどうか。

 

この判断をするためには、海外の情勢や日本の置かれた立場、核を持ったらどうなるか、持たなかったらどうなるかなどなど、いろんなことを調べて、考えてないといけません。

 

 

 

戦争放棄を掲げている憲法9条をどうするか。

 

中学生に尋ねると”戦争したくないから変えないべき”という返事が多く返ってきます。

 

それはもっともですが、”憲法9条があれば戦争しないのか”というとそうではありません。

日本が他国を攻めることはしなくても、他国から攻められてきたときは応戦せざるをえません。

 

現在の日本を考えると、日本が攻めて戦争を始めるより、攻められて戦争が始まってしまう確率の方が格段に高いでしょう。

 

でも「憲法9条があり戦争を放棄しているのだから、軍事力を上げることは反対」と言われたら、それも確かにそうだなと思えてしまいます。

 

「じゃあ、そうやって軍事力をあげずに、他国に侵略され、日本が降伏して、他国に虐殺されたり、強制労働させられたりすることになるとしても、憲法9条は変えない?」と問うと、だんだんと返事が変わってきます。

 

 

 

「軍事力を上げると、敵国を刺激することになり、戦争が近づく」という意見があります。

それを聞くと、もっともだと思います。

そのときに、中学生に「軍事力を上げることに賛成?」と聞くと、反対という答えが多く返ってきます。

 

 

「戦争は軍事力を上げて敵国を刺激することで始まるのではなくて、軍事力のバランスが崩れたときに起こるんだよ。例えば、敵国は軍事力100、日本は軍事力30だとしたら、敵国は”今日本に攻め込めば勝てる”と思い、戦争を仕掛けてくる。でもこれが敵国も日本も軍事力100同士だったら”今日本に攻めても勝てる見込みは少ないからやめておこう”となる」

という説明をした上で再度中学生に「軍事力を上げることに賛成?」と聞くと、賛成という答えが多く返ってきます。

 

 

「軍事力を上げることは反対」という意見が駄目なわけではありません。

 

いろんな背景や情報を知らないまま反対という判断をするのが駄目なのです。

 

知った上での反対なら、それはその人の本当の意見ということで、尊重しなければなりません。

 

でも、中学生のように、判断する材料が少ないまま判断するのは危険なのです。

 

これが、子供に選挙権がない理由です。

 

ちゃんと勉強して、自分で判断できる能力を持つまで、意見を反映させるべきではないのです。

 

 

逆に言えば、大人以上にいろんな情報を得て、自分で考えて、判断するのなら良いのです。

とはいえ、そんな子供は0.1%もいないでしょうから、やはり年齢制限は必要なのです。

 

 

 

自分が裁判官だったとして、ろくに調べもせずに感情に任せて「被告は死刑」なんて判断してしまい、あとになって冤罪だったと分かったら、町中を歩けなくなってしまいます。

そうならないためにも、判断するためにものすごく調べる必要がでてきます。

 

 

判断するには、それなりの情報が必要です。

その情報を得ることが勉強だと考えると、勉強はやっぱり必要だということになりますね。

 

 

勉強をしない国民が大多数を占めている状況で、多数決で物事を決める国があったら、怖くて住めません。

 

安心して生きていくためにも、教育は必要ですね。

 

中学生の皆さんはまずは目の前の勉強を頑張りましょう。

 

 

選挙権を持っている大人もちゃんと勉強して、安心して生きていける世の中にしましょう。

清水のフリートークの最新記事8件

>学習塾Lilyの方針

学習塾Lilyの方針

通塾生の学力向上を第一に考え、行動します。

Lilyのブログを毎日更新します。

CTR IMG