民主主義

学習塾Lilyでは、歴史を勉強するときはまず大雑把な流れから入っていきます。

教科書に出てくる用語をすべて拾い集めて、例えば三内丸山遺跡などまでやると縄文時代からなかなか抜けれられません。

中学校の教科書に出てくる用語は高校のそれに比べてだいぶ少ないと思いますが、それでも全部拾い集めて歩いてはなかなか先に進めないのです。

 

 

そこで、枝葉をばっさり切って、幹の部分だけをざっと一通りなぞります。

 

 

まずは何と言っても、歴史を勉強する上で大切なのは”主権者”ですね。

日本という国を動かす権力は誰にあるのか。

 

言い換えると、政治の中心は誰なのか。

これが時代によって変わります。

 

 

 

集団を率いるリーダーは、縄文時代では家族の長だったでしょう。

家族単位で狩りをして過ごしているのですから、その長がその集団を動かす権利を持っていたでしょう。

当時は”権利”なんていう言葉はなかったでしょうけれど。

でも「お父さんの言う事に従わないと」という感じで、自然に父が権力を持つようになったと思います。

 

 

 

ちなみに権力を簡単に言うなら「人を動かす力」です。

父が息子達に「お前達が狩りに行ってこい」と伝え、その通りに息子達が動く。

これは父が権力を持っているということになります。

 

 

弟が兄に向かって「お兄ちゃん、狩りに行ってきな!」と行っても、兄は言うことを聞かないでしょう。

それは弟が権力を持っていないからです。

 

 

 

こんなふうに、人を動かす力が権力。

 

権力が大きくなるということは、それだけたくさんの人を動かせるようになるということです。

 

 

集団が大きくなればなるほど、リーダーの権力は大きくなっていきます。

 

 

縄文時代のリーダーより、弥生時代のリーダーの方が権力が大きいです。

なぜなら集団の大きさが違うからです。

 

弥生時代には稲作が伝わり、人々がより大きな集団で暮らし、ムラができました。

さらにそれが大きくなりクニへとなっていきます。

 

集団のリーダーはどんどん権力が大きくなります。

 

 

 

古墳時代にはリーダーの権力がものすごく大きくなっています。

古墳がそれを物語っています。

 

あれだけ巨大な古墳を作れるだけの人を動かせたということがわかります。

それだけ巨大な権力があったということです。

 

 

 

そしてリーダーがはっきりしてくるのが飛鳥時代。

このころには天皇が存在するのでわかりやすいです。

集団のリーダー=天皇ですからね。

 

 

 

権力とはなんたるかがわかったところで、ここからは一気にその後の権力者に注目して話を進めます。

 

 

 

飛鳥時代、奈良時代、平安時代までは天皇が権力を握っています。

 

これが鎌倉時代、室町時代、安土桃山時代、江戸時代になると、武士が権力を握るようになります。

 

そして、その後は国民が権力を持つようになります。

 

 

 

権力の推移は「天皇→将軍(武士)→国民」となります。

 

 

言い換えると「朝廷→幕府→内閣」ですね。

こちらは”政治の中心”といったところです。

 

 

 

各時代を細かく見ると、将軍の時代に天皇が権力を奪い返すなどの動きはありますが。大雑把に言えばこんなものです。

 

 

 

現代は「国民主権」ですので、権力は国民にあります。

 

詳しく言うと国民の代表である国会議員から選ばれた内閣総理大臣を中心とした内閣が政治を行っています。

一人一人の意見の総意によって、国が動くといったところです。

 

 

この民主主義国家とは対極にあるのが独裁国家です。

こちらは権力を持っているのは一人のリーダーです。

 

 

どちらにも一長一短があるので、どちらが良いということはありません。

 

独裁国家と聞くと「権力を持ったリーダーが勝手にその権力をふるう」という悪いイメージがあるかもしれませんが、そうとも言い切れません。

 

独裁国家には独裁国家の良い部分もあります。

 

 

 

 

例えば最近のコロナのようなときに「ロックダウン(都市封鎖)したほうがいい」と思っている人が多かったとしても、同じくらい「ロックダウンしないほうがいい」と思っている人がいたら、ロックダウンはできません。

 

ロックダウンをするかしないかの議論をして決めなければないのですが、どちらの意見も同じくらいあると決めるのが容易ではないのです。

 

それに対し、独裁国家ならリーダーが「ロックダウンする」と決めればすぐロックダウンできます。

 

このスピード感は民主主義国家には真似できません。

 

 

 

 

逆に、そのスピード感が命取りになることもあります。

 

リーダーが間違えた道を選べば、そのまま国家がその道に進んでしまいます。

 

 

 

スピードは速いけれど、必ず正しい方向に行くとは限らない独裁国家。

スピードは遅いけれど、間違った方向に行きにくい民主主義国家。

 

 

 

考えてみれば日本も国民主権になる前は天皇や将軍が権力を握っていたわけですから、独裁国家だったとも言えますし。

実際は合議制(話し合って決める制度)が多いので天皇や将軍一人に権力が集中していたわけではありませんけれど、まあ形式上は独裁国家といってもいいでしょう。

 

 

 

 

歴史上のいろんな出来事を踏まえて、現在の民主主義国家が出来上がっているわけです。

議論して進めて行くので間違った方向に行きにくいのですが、だからといってそれが正しいかどうかもわからないのが難しいところです。

 

 

 

 

例えば「今、コロナで国民が疲弊しているから、一人100万円ずつ給付金を配ろう」という意見が出るとします。

内閣がそれをするかどうかですが、内閣は国民から選ばれているので、国民の声次第で内閣は動くとしましょう。

 

 

そこで国民の声を集めるべく全員にアンケートをとるとします。

そうすると賛成の方が多いでしょう。

友人Y
俺も賛成

そうしたら内閣が1人に100万円ずつ給付金を配ります。

一人ひとりの国民は100万円もらえるので嬉しいですよね。

友人Y
嬉しいに決まってる

 

でも、それにより財源がなくなり、その後の税負担が重くなってしまうかもしれません。

今はお年寄りが多いので、100万円もらうだけで税金を払わないという人もだいぶ出てきます。

そうすると、結果的に負担は若者に。

友人Y
お年寄り、ずるい

若者からは「100万円もらえたのは嬉しいけど、なんでお年寄りの尻拭いをしないといけないんだ」という意見もでてくるでしょう。

 

 

 

1人100万円ずつ配るけど、将来の税負担が増える。

1人100万円ずつ配ることはしないから、将来の税負担は増えない。

 

この二択の場合、税負担を強いられる世代は「100万円を配るな」と思う人の割合が大きくなるでしょう。

将来の税負担がないお年寄りは「100万円配って」と思う人の割合が多くなるでしょう。

もちろん、若者のためにも将来の税負担を重くすべきではないと考えて、我慢してくれるお年寄りもたくさんいると思いますけれど。

友人Y
俺がお年寄りなら我慢しない
清水
だろうね

 

多数決で決めたら、若者は不利です。

数が少ないのですから。

 

 

でも民主主義だからといって多数決で物事を決めると、100万円を配って将来の税負担が大きくなるという方向に行ってしまうでしょう。

 

 

そうしないためには、内閣が国民の声の数どおりに動かない、ということが必要になってしまいます。

そうなると今度は「そんなのは民主主義と言えない!」という声が出てきてしまいます。

 

 

将来の税負担軽減のため、若者寄りの政策を実行すればお年寄りから不満の声があがり、

お年寄りの不満の声を減らすために、お年寄り寄りの政策をすれば若者から不満の声があがります。

 

 

今は、声の数がお年寄りの方が多いので、お年寄りに軍配が上がってしまいます。

 

 

 

若者からしたら「将来のための政策をするには、民主主義では駄目だ」となるでしょう。

 

ここに民主主義の限界があります。

 

これが独裁国家なら「お年寄りは将来の税負担がないからって100万円配れと言うが、若者のためにも100万円は配らない。いや、むしろ将来税負担する若者にだけ100万円配る」という決断ができます。

友人Y
いいじゃん

良いリーダーなら独裁国家が良いんですが、これもまた問題があります。

全員に良いと言われることはそうそうないのです。

 

 

先程の例なら、若者には絶賛されるでしょうが、お年寄りからは不満の声があがるでしょう。

こんな風に、満場一致で賛成なんてことはないので「誰にとっても良いリーダー」は存在しないのです。

 

 

 

一番良いのは「全員が賢く、未来のことを考えられる国民だけの民主主義国家」です。

 

例えばお年寄りでいうと、「俺はどうせもう税負担はないから、100万円もらいたい」というお年寄りが存在せず「100万円はほしいけれど、将来を担う若者に税負担を強いるなら、我慢する」というお年寄りばかりの国家。

 

賢くないと、目先の利益に目がくらんでしまいますからね。

 

目先の利益に目がくらむ人が多いと「すぐに給付金よこせ」という声が多くなってしまいます。

 

 

 

足元だけでなく、未来を見られるかどうかは教育にかかってるんじゃないかなと思います。

賢い国民を育てることが、良い国家になる一歩目ですね。

 

 

賢くなるためにはやっぱり勉強。

 

歴史の勉強は絶対に必要ですね。

友人Y
うへぇ
清水
がんばろう

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