思考が未来を阻むとき

思考に気をつけなさい。それがいつか言葉になるから。

 

これはマザーテレサの言葉の一節です。

本当はこの後にもまだまだ続きますが、今日も最初のひとつだけ。

昨日の記事の続きです。

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昨日の記事では

「自分では思考を表に出さないと思っていても、ふいに出てしまうことがある」

ということを書きました。

 

 

そうです。

マザーテレサが言ったように、思考はいつか言葉になってしまうのです。

 

 

中学生と保護者の場合。

 

中学生「偏差値60の一高に行きたい」

保護者(……この子には正直無理だろうな……)

 

こんな場合、保護者は直接中学生にその思考を言葉として言わなくても、十分伝わってしまいます。

 

 

 

ちょっと話がそれますが、野球をこれから始める少年とグローブを買いに行くとき、どんなグローブを買い与えるべきかという議論があります。

大抵の保護者は「初心者用の安いグローブ」を買います。

「その後本格的にやるかどうかわからないから、安いやつでいい。頭角を現して本格的にやることになったら、高級なグローブを買ってあげる」という目論見です。

 

これは非常に合理的で、たぶん私も保護者の立場ならそうするでしょう。

 

 

 

でも、少年をプロ野球選手にしたいのなら、最初から高級グローブを買い与えるべきだそうです。

 

買う時点ではどれだけ上手になるかなんてわかりません。

でも、一流選手になった未来を想像して、グローブを買うことが重要なのだそうです。

少年と保護者の夢の共有ですね。

 

 

もちろん、少年が「ただ友達と遊びたいだけだから、どんなグローブでもいい」と言っているのなら、安いやつでOKです。

勝手に高級グローブを買い与えたら、それは保護者の夢の押しつけになってしまいますからね。

 

 

どんなグローブを買うかが親の思考が現れる場面です。

「この子は一流選手になるだろう」と考えているのであれば高級グローブを

「この子は一流選手にはなれないだろう」と考えているのであれば安いグローブを買うでしょう。

 

 

もし、安いのを買って、子供に「なんで高級グローブ買ってくれないの?」と聞かれたら「やってみて上手くなったら次は買ってあげるね」というでしょう。

これはつまり「現時点では、あなたが上手くなる可能性がどれくらいあるかわからない」と言っているようなものです。

 

もちろん、そうです。

やる前なんですから、わからないのが当たり前です。

 

でもここで「わからない」で終わらせるか「わからないけれど、上手になると思ってる」のかは違います。

 

 

思考は言葉になってしまいます。

 

 

 

日本には「謙譲する」という文化があります。

「いえいえ、うちの子なんて」と自分(や家族)を低くする方法です。

 

 

それもあり「一高なんて無理です」という方はたくさんいます。

 

もちろん、現実を見ればそうかもしれません。

正しく自己分析をされているのかもしれません。

 

 

でも、そういった思考は、この成長を阻んでしまいます。

 

 

外向けにそう発した後、子供と二人きりになったとき

「人前ではああ言ってるけれど、私はお前が一高に行けると思ってる」とフォローするならOKです。

 

でも、そのフォローがない場合、子供は「僕は一高は無理と思われてるんだな」と考えるでしょう。

 

そしてその胸に「一高は無理」と刻まれてしまうでしょう。

 

 

 

 

思考は自由です。

我が子が歴史に名を残す偉人になることを考えたってなんの問題もありません。

逆に、我が子にはできないと考えるのもまた自由です。

 

 

いずれにせよ、思考は言葉となって現れます。

 

思考にはくれぐれもお気をつけて。

 

 

 

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