変わりゆく世界

最近めっきりテレビの番組を見なくなりました。

我が家のテレビはネットフリックスなどのインターネットのサービスを再生するモニターと化しています。

 

友人Y
ネットフリックスで何を見てるの?

 

清水
おさるのジョージ

 

 

でも残念ながら、11月いっぱいでおさるのジョージの配信も終わってしまいました。

 

 

純粋なテレビ番組はほとんど見ません。

昨日、久しぶりに見たのがM-1グランプリ。

 

 

誰が優勝するかなと予想しながら見ていました。

 

M-1のMは漫才のMだと認識しているので、漫才形式じゃないものは何となく邪道に見えてしまいます。

 

実はこれ、サンドウィッチマンが優勝した時にも思いました。

 

ものすごく面白く、優勝も納得でしたが、ふと思うと「あれ?これは漫才なのか?」と。

 

そんな視点で見ると、和牛もそうだし、その他にも結構たくさんのコンビが、漫才の中にかなりコントを織り交ぜていることに気づきました。

 

昔ながらの漫才をやっているのは銀しゃりくらいですかね。

 

 

で、今回優勝したマヂカルラブリーに至っては、漫才でもコントでもないようなもの。

パントマイムがうまく、場面が想像できて面白かったです。

 

 

数年前なら、これは邪道とされて、決勝まで残っても優勝はしないっていう感じだったでしょう。

 

それが今ではそんなこともなくなりました。

 

 

こうやって時代は変わっていくんだなぁと感じました。

 

 

私が子供の頃は、アニメは子供のもので、大人がアニメを観ることなんてまずなかったと思うのですが、今では鬼滅の刃をいろんな世代の人が観ているみたいですし。

 

 

スマホやタブレットも「そんなの使っていたら勉強ができなくなる」という風潮がそのうち「それらを使いこなせないようだと時代遅れ」となるのでしょう。

 

上手にスマホを使っている人は、英単語などの暗記モノはアプリで効率的に覚えてたりするのでしょう。

 

清水

Lilyではバンバン活用してるし

 

そういう人が増えてくると、スマホを見る目もだんだん変わってくるのでしょうね。

 

 

 

時代が進むと、最終的には本質や原点に近づいていくと思います。

 

お笑いであれば、その形式が漫才であれコントであれドタバタ劇であれ、「人を笑わせる」というところに着地するでしょう。

 

勉強だって、スマホを使おうが使うまいが、「まずは覚える」という本質に近づくでしょう。

 

 

大切なのは目的に近づくことであって、その手段は別になんでも良いのです。

 

「賢くなる」という勉強の目的地にたどり着くために、紙とペンを使っても、スマホを使っても問題ありません。

 

どちらが悪いわけでなく、目的地に近づけないのなら、それが問題だということです。

 

 

逆に言えば、目的地がきちんとわかっていて、そこにたどり着くための手段としてスマホを選んでいる人はかなり賢いんじゃないかなと思います。

 

現代の利器は使わないより、使ったほうがいいですからね、たぶん。

 

 

漫才はボケとツッコミの言葉の応酬じゃないといけない、と言う人。

勉強は紙と鉛筆でしないといけない、という人。

 

その価値観がいつまで通用するのか。

 

 

通用しなくなるのも寂しいですけれど、それもまた仕方なし。

 

 

私は実は紙と鉛筆で勉強したい派です。

でも、効率を考えると、アプリや動画を使う方が良いです。

 

 

お互いのメリットを活かすのが、一番賢いんじゃないかなと思います。

 

 

 

清水
ということで、僕は賢い人なんだろうなと

 

友人Y

自分で言うかね

 

 

清水
君は残念ながら賢くは……

 

友人Y

それにしても、君はいつもそんなことを考えているのかい?

 

清水
うーん、まあ、そうだね

 

 

でも、M-1を観ている間は何も考えずに笑っていましたよ。

 

終わってから、ふと振り返ってみたら、この記事に書いてあるようなことを考え出してしまったのです。

 

 

時代は変わっているなぁと。

 

 

そのうち、墓参りもVRで済ませたりするかもしれませんね。

 

 

以上、M-1グランプリを観た感想でした。

 

 

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