目の前にゴミがあります。
誰も見てません。
そこで拾うか、拾わないか。
目の前にゴミがあります。
向こうで小さな女の子がこちらをじっと見ています。
ゴミを拾いますか?
偉いね
これって、一般的な感覚だと思います。
中には「誰かが見ている見ていないにかからわず、私は拾う」っていう人もいるかもしれませんが、圧倒的に少数でしょう。
かくいう私も同じタイプです。
家の周りやLilyの周りなど、自分の敷地はさすがに誰も見ていなくても拾いますが。
人は一人でいるときの行動で真価を問われます。
一人でいるときというのを別の言い方をすれば「監視の目がないとき」となるでしょう。
監視の目がないときに、勉強できますか?
Lilyではモノグサというアプリを導入しました。
それはスキマ時間にやるのに適したもので、一応期限はあるものの、絶対に仕上げなければならないとう強度の期限ではありません。
やっとくといいよ!くらいです。
そんな中、生徒たちはどう動くか。
やる子はやります。
やらない子はやりません。
そして面白いことに、この比較的自由なモノグサアプリの進捗が、Lilyの課題の進捗とほぼ一致するのです。
さて、これをどう受け止めるべきか。
やらないのは誰のせい?
やらないのは、やらせられないLilyのせい。
やらないのは、やらせられない親のせい。
やらないのは、やらないその子自身のせい。
ちなみに、この答えはありません。
私は私のせいだと思っていますが、保護者様も自分のせいって思っているでしょう。
生徒は……とくに考えていないでしょう。
現在、監視の目がほぼない状態です。
つまり「一人でいるとき」の状態ですね。
その状態でもやる子なら、放っておいてもやります。
その子にとっては監視は良くないでしょう。
信頼の裏返しになっちゃいます。
問題は「一人でいるときやらない子」ですね。
大半の中学生はここに当てはまるでしょう。
少年清水も例にもれず、ドンピシャでこの範疇です。
この子にはどうするべきか。
- 何とかしてやらせる
- 放置する
- 勉強以外に活路を見出す
50mを10秒で走る子に、オリンピック短距離走者になれというのは酷でしょう。
でも勉強では同じようなことを言ってしまいますよね。
私も同じです。
運動は遺伝的な能力がものを言いそうだけど、勉強なら本人の努力次第でなんとかなりそうな気がします。
だから「やればできる!がんばれ!」と言います。
実際にはそうも行かないので「3.勉強以外に活路を見出す」というのも周りの大人の役目かなとも思います。
でも、実際にそれを望む保護者様はいないでしょう。
もしそうなら塾に入れてないはずです。
塾に入れたということは、勉強が出来るようになってほしいということ。
欲を言えば「一人のときにも勉強する子になってほしい」というところでしょう。
となると、選択肢は「1.何とかしてやらせる」ですね。
じゃあ、どうすればいいか。
答えは一つ。
「監視する」しかありません。
監視といっても、四六時中ずっと見張っているわけではありません。
「子どもがしたことを興味を持って聞く」でいいのです。
「どこまで進んだ?」「今どの単元やってるの?」といったことですね。
わかっていてもすんなりできない理由はあるでしょう。
- 親自身が忙しい
- 子どもが反抗期の真っ只中
これは中学生の子どもがいるほぼ全ての家庭が当てはまるでしょう。
だから仕方ないよね~で終わらせるか、何とか知恵を絞って行動するか。
中には壮絶な親子ケンカ繰り広げながら、ゲーム機器を封印した家庭もあるようです。
Lilyでももちろん監視を強化します。
しかし、家にいてタブレットの電源を切られたら、そこでシャットダウンしてしまいます。
監視の目がLilyひとつの場合、ここで終了です。
そこでお願いしたいのが保護者様の監視です。
できるだけ、進捗を気にしてほしいのです。
とはいえ、これはずっと続けるものではありません。
理想は「一人でもできること」です。
「監視があるからできる」では、今後の人生、ずっと保護者の監視が必要になってしまいます。
「一人でもできる」にするためには、習慣化するまで「周りが監視する」ことが必要になります。
私の娘は「歯磨き」や「トイレ」を自分でできるようにする練習の真っ最中です。
そのうち、すべて一人でもできるようになるでしょう。
もっと大きくなって学校に行ったら「宿題をする」に変わるでしょう。
これは歯磨きやトイレに比べて、かなり大変だと思います。
最初は親が一緒になって、手取り足取り教えるでしょう。
そしてそのうち「終わり」だけ、つまり宿題が終わったことを確認するだけになると思います。
それでも、その確認を毎日続けていればやがて習慣化し、宿題を勝手にやるようになると思います。
でも、そこで手を抜いちゃ駄目です。
たまに突然確認しましょう。
それでも毎回クリアしているのなら、もう大丈夫。
その子は一人でもきっちりできます。
これって、勉強のシステムもそのまま当てはまります。
最初は手取り足取り教えて、次にワークをやらせて、テストをして、しばらく経って忘れた頃にまたテストをして。
そうやって、ようやく身につくものです。
小学生の頃は言うことを聞く分楽です。
中学生は知恵もついているし体も大きくなっているので大変です。
だからといって放置は駄目です。
勉強ができなくなる以前に、人として駄目になっちゃいます。
これは中学生に限らず、人間みんなそんなものです。
監視がないと堕落します。
お家だって、たまに来客があるから綺麗なんだと思います。
来客がまったくないとわかっていたら、もっと散らかるはずです。
私だって「この日までにやれ」と言われたらやりますが、それを確認されないのであればやりません。
監視が必要なのは中学生だけじゃないってことですので、中学生ならなおさら必要です。
ですので、これからもLilyと保護者様で監視を強化してきましょう。
永遠にではありません。
「自分でできるようになるまで」です。
1つの目だとその目をつぶれば終わりですが、2つの目ならそうもいきません。
これが良い方に作用することを期待しています。
監視というとそれだけでマイナスなイメージになってしまうので、何かいい言葉を探しておきたいと思います。
ここまで書いて下書き保存し、他の塾長さんのブログを見ていたらタイムリーな記事がありました。
継続するには周りの人の”声掛け”が必要。
監視じゃなくて、声掛け。
よろしくお願いします!!