透明人間とスーパーマン

小学生時代によくある「究極の選択」シリーズで「透明人間とスーパーマン、なれるとしたらどっち?」というのがありますよね。あれ、なんて答えました?

 

私はたまにその質問を思い出すのですが、その時期によって答えが変わります。

 

まず初めてそれを聞かれたときの答え、それは「透明人間」です。10才くらいの男の子には「女風呂をのぞける」という理由が魅力的に感じるのです。

 

しかし、その直後、スーパーマン派の理由を聞いて、すぐに寝返ります。

 

まず、透明人間に対する否定的な意見

・のぞく以外の楽しみがない
・透明なのだから、事故にあう可能性が高くなるし、事故にあっても気づいてもらえないから、死ぬ

そして、スーパーマンを肯定する意見

・スーパーマンなら人助けとかできるから、称賛を浴びられる
・お金儲けも簡単にできるし、モテるから女風呂をのぞく必要もない

 

なかなか鋭い意見を言ってくるものです。対して、透明人間派は「のぞくスリルはスーパーマンには味わえない」と言い返しますが、「のぞきたいなら、別に透明人間じゃなくたっていいじゃん」と一蹴されます。

 

よって、スーパーマンになった方がいいということです。

 

中学生になり、理科の先生に「透明人間になったら、周りのものを見ることができなくなるよ」と教えられます。

 

これは「人間は光という刺激を目の網膜で受け取っているから、物体を像として認識できる。その網膜さえも透明だったら、光は通り抜け、受けとめられないのだから、像をつくれない」というものです。

 

透明人間にはなれないというのを悟る中学生頃には、スーパーマン一択が揺るぎないものとなります。

 

しばらく、その質問が来たらスーパーマンと答える時期が続きます。そして、いい年になってくるとスーパーマン以外の意見が出てきます。

 

「どっちにもなりたくない」です。

 

「スーパーマンになったら、期待される。その期待に応えるのがしんどいだろう」という理由からです。確かに身近にスーパーマンがいたら、なんでもすぐに頼りそうですよね。

 

それに、スーパーマンが腕力で解決しようとしたら、裁判にかけられてしまいます。事故にあいそうな子猫を助けるために、突っ込んでくるトラックを止めてしまったら、その衝撃でトラックは壊れ、トラックの運転手もただじゃ済みません。そうなると、後に損害賠償だの慰謝料だのが発生します。

 

何かを助けると、何かが不利益を被ってしまうのです。どんなに善悪がはっきりしていても、片方だけを裁けない世の中では、スーパーマンは生きづらいでしょう。

 

よって、スーパーマンになったら、それを誰にも知らせず、スーパーマンであることを隠してこっそり暮らすことになると思います。

 

そんなだったら、別にスーパーマンになれなくてもいいって思いますよね。

 

夢の究極の二択の透明人間とスーパーマン、最終的にはどちらも望まれないという結果に。正確に言えば、なれるに越したことはないけれど、なったとしても隠し通すという使い方になるでしょう。

 

愛する人ができたり、子どもが生まれたりしたら、スーパーマンの力は持つだけ持っておきたいっていうのが大半の人の意見だと思います。でも、公にされるなら、その能力はいらないっていうのも一般人の感覚でしょう。もちろん、私もそうです。

 

まぁ、大抵の人は大人になって真剣に考えることなんてないでしょうけれど(笑)



「この記事、なんか良い!」と思ったらクリックしてください!
私のモチベーションが5上がります。
▼ ▼ ▼


高校受験ランキング

お気楽編の最新記事8件

>学習塾Lilyの方針

学習塾Lilyの方針

通塾生の学力向上を第一に考え、行動します。

Lilyのブログを毎日更新します。

CTR IMG