10代は「剛」に憧れる時期だと思います。
バンドのメンバーが「ソロ活動はしない」と言い、それを有言実行する姿がかっこいいと思っていました。逆に、そんなことを言っておきながら、いつの間にかソロ活動だしたらがっかりしてました。
テレビに一切出なかったアーティストが、いつかテレビに出るようになると「知名度を求めた」とか「テレビによる収入を求めた」と邪推してしまうから、がっかりしてしまうのでしょうね。
こだわりをそのまま継続する剛の姿がかっこいいと思っていると、柔軟に対応している現在をがっかりしてしまうのです。
パンクロックなら、そのままパンクであってほしい。大人になってなんか丸くなってしまうとダサく見える。そうやって剛の姿勢を望んでしまいます。
でも、自分が大人になると剛よりも柔の方が良いなと思うようになります。今度は剛でいることがかっこ悪く見えてしまうのです。
「夢を追う姿がかっこいい」と言っていた少女も、「いつまで夢を追ってるのよ」と言う女性になります。
一匹狼でかっこよかったあの人は、いつか社会不適合者と言われてしまいます。
剛と柔なら、臨機応変に対応できる柔の方に軍配が上がると思うので、私は柔でいきたいと思います。
P.S.
なんか、この話題書いた記憶があると思っていたら、同じようなテーマでやっぱり書いてました。初志貫徹と君子豹変