遊びチケットを使う時期

ショートケーキで例えるなら イチゴだけ最後に食べるタイプで
口に入れる手前で落として捨てた夢もいっぱいござるよ

Mr.Children / その向こうへ行こう

昨日の話に引き続き、遊びチケットをいつ使うかという話です。

 

昨日の話を要約すれば「遊びチケットを小学生のうちに使ってしまうとドッヂボールくらいの遊びしか知らずに終わり、大学生になってから使うと県外にスキーに行ったり出来る」「遊びは雪だるま式に、後になればなるほどスケールが大きくなる」というものです。

 

大抵の人は、早い段階で遊びチケットを消費してしまい、後になって「あの時勉強しておけば」と思うものです。でも、冒頭の歌詞のように、楽しみを最後にとっておいてもその楽しみを得る前に何かが起こる可能性もあります。学生時代はずっと勉強に励んで、大人になっていざ楽しもうと思った矢先に事故にあったり、病気になったりして遊べず「こんなことだったら勉強せずに遊んでおけば良かった」と思う人もいるかもしれません。

 

RPGゲームで例えるなら、エリクサー(全回復する貴重なアイテム)をラスボスまでとっておくけど、結局使わずに全滅して「使っておけば良かった」と言う。

 

貯金で例えるなら、将来のために貯金をして、年をとって結局そのお金を遊びに使えなくなり、そのまま死んでしまって「なんのための貯金だったんだ。使えば良かった」と言う。

 

では、遊びチケットを使い切った方が良いのでしょうか。

 

使い切るという選択をするのはとても勇気がいります。それどころか無謀でないと使い切ることはできません。そして、もしあなたが遊びチケットを使い切ることが出来たとしても、あなたは「使い切って満足」とはなりません。「思い切り楽しんだ満足感」よりも「この先遊ぶことが出来ない絶望感」の方が多いでしょう。

 

現実には遊びチケットは実在しないということを誰もが理解してしまっています。そして、それが実在したとしても、その数は有限ではないことを知ってしまっています。小学生のうちに使い切って見えても、またいつか復活します。いつの時代もその気になれば遊べてしまうのです。だから現実に使い切るという感覚は持てないでしょう。

 

都会では中学受験のために小学生のうちからほとんどの時間を勉強に向ける子ども達がいます。でも彼らは「遊びチケットを後に回そう。その方がスケールの大きな遊びが出来るから」なんて考えていません。勉強することを遊びの一つとしてしまっているからです。学ぶこと自体に楽しみを見つけ出しているのです。

 

勉強嫌いの大人からすれば、小学生のうちから知識を詰め込まれてかわいそうだと見えるかもしれませんが、彼らは楽しんでやってます。もちろん強制されて嫌々やっている子がいるのも否定はしませんが、自ら望む子が多いと思います。少なくとも私が東京で塾講師をしていた時に出会った子もどたちは、学ぶことを楽しみ、自らすすんで塾に来ている子が大半で、1割くらいは勉強嫌いなのに親に通わされているといった感じでした。

 

こんなふうに「学びチケットが遊びチケットになっている」ことに気づいている子は勝手に勉強します。「遊びは遊び、勉強は勉強」と切り離している子は机に向かうのが苦手です。

 

私自身は田舎で育って良かったなと思います。

 

「少年時代は裸足で駆け回り、高校時代に大学受験の勉強をして大学生になる。遊びも学びも経験する。小、中、高と勉強ばかりしていた都会の子と同じ出口にいけるのなら、自分の子どもは田舎で育てたい」と思っていました。これも一つの正解でしょう。

 

ただ、都会の子どもは都会の子どもで、日常の中に遊びをうまく取り入れているようです。子どもは遊びを見つける天才ですので、大人が危惧することもないのかもしれませんね。だから、都会で子どもを育てるのもまた正解です。

 

遊びチケットを使うタイミングも、使い方も、全てが正解で全てが不正解です。結局は自分次第。

 

一つだけ問うとしたら

 

「あなたは今のスタイルで良かったと言えそうですか」

 

ですね。これをきっかけに遊びや勉強、人生についてなど、いろいろと考えてもらえればと思います。





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