人が捨てた運を拾う

ゴミを拾うのはゴミ拾い係の仕事であり、人の仕事を奪うことはしない。

 

アメリカ人は皆そんな感覚を持っているんだろうなと勝手に考えています。日本人は、自分の担当外であってもできる限りやろうとするというイメージです。「専門は理科だけど、国語の質問があるというなら、私ができる範囲で答えてあげるよ」といった感じです。アメリカ人なら「私は理科専門だから、国語の質問は国語の先生に聞いて」と突き放す気がします。国語の先生がいなくて困っている人を目の前にして、どう対応するかでその人の考えがわかるでしょう。

 

ゴミを拾うのも、それを専門でしている人がいる以上、確かにその人に任せる方がいいかもしれません。皆が皆、各自ゴミを拾ってしまえば、ゴミ拾い係の仕事がなくなり、その人は必要とされなくなってしまいます。でも日本人は目の前のゴミを拾う気がします。学校で、学生が教室やトイレを掃除するのは日本では当たり前のものとして育っています。学生が掃除をする光景は、海外から見れば「児童に強制労働させている」と映るようです。

 

そんな文化の違いもありますが、日本人だからか、私も自分で出したゴミは自分で処理したり、目の前にゴミが落ちていたら拾ったりしたほうが良いと感じます。ただ、頭ではわかっていても、行動が伴わないこともあります。

 

メジャーリーガーの大谷選手がゴミを拾ったことがニュースになりました。彼はゴミを拾うことを「人が捨てた運を拾う」と表現しているそうです。そんな洒落(シャレ)た言い回し、良いですね。インパクトもあり、心に響きます。コピーライターも羨(うらや)みそうです。大谷選手は稲葉篤紀という選手の行為を真似て、ゴミ拾いをしているそうです。やはり、お手本は大切なのですね。

 

この運について書こうと思って忘れていたのですが、今日、車のフロントガラスに鳥の糞というウンがついていたことで思い出しました。そのウンはすぐ洗い流しました。同じ人間なのに、この差です……。人が捨てた運を拾い集める旅にでも出ようかと思った一日でした。

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