審判はなくならないのか

ここ数年、「なくなる仕事」というフレーズが賑わいを見せています。レジ係や新聞配達など、現在進行形で仕事が減ってきている気がします。

 

自動化できるものは真っ先にAIに仕事を奪われるというのは納得できます。2018年1月、Amazon Go というレジのない店(商品を手に取っただけでスマホのアプリ上のカートに追加されるため、レジを通さずに買い物ができる店)がアメリカでオープンしたようです。商品を買う時はレジに並ぶ光景が当たり前だと思い、そこに疑問を持たなかった人達にとっては違和感がありそうですね。私は物事を合理的に考える方なので、こういうシステムは大いに歓迎です。

 

周りを見渡せば、自動化できるもので溢れています。無人タクシーなど、アイデアが浮かぶものはすぐ実現されると思います。アイデアさえあれば、技術はいずれ追いついてくるでしょう。レジ係やレンタルビデオ店業務などがなくなる仕事の筆頭ならば、塾講師も2番手か3番手に位置しているでしょう。スマホで有名講師の授業を受けられる時代ですので、今行っている授業スタイルが淘汰(とうた)されても不思議ではありません。

 

例えば税理士や会計士のように士業(さむらいぎょう)と言われる国家資格を持った人にだけ許された仕事でさえ、なくなる仕事とされています。確かに、会計業務や登記などの手続きはAIでもできそうというより、むしろAIのほうが向いているとさえ思います。

 

同じ「し」でも「士」ではなく「師」の職業はなくならない気がします。例えば、美容師・理容師・漁師・庭師などです。漁師や庭師は、大規模化によって小さな漁師はなくなったり、庭師の仕事も注文自体が少なくなっていきそうなので、働く人の人数は減るかもしれませんが職業自体はなくならそうという意味です。なくならない仕事の定義が自動化できないものであれば、当てはまるのは芸術家や小説家のように何かを創造する職業しかないと思っていたのですが、ふと美容師の存在から「師」の存在に気づきました。

 

野球やサッカーなどスポーツの審判はなくなっても良さそうだし、現代の技術であれば生身の人間以上の正確さで判断できそうだから、審判こそなくなる仕事筆頭だと思います。それでも騒がれないのは単純に審判を仕事としている人が少ないことと、どれだけ技術が進んでも審判が必要だと、選手も観客も思っていることが原因ではないかなと思います。現代の技術であれば、審判なしでも試合はできそうなんですけどね。たぶん、誰も望んでないような気がします。

 

将棋の記録係や裁判の速記係など、ビデオを撮っておけば良いと誰もが思う仕事もまた残っています。なんでだろうなと考えていたときに名もない誰かのコメントが飛び込んできました。

 

「タブレットがあれば記録係なんていらないのかもしれない。でも、そういう世界(無駄を承知でまかり通す世界)があってもいいじゃない」

 

無駄を楽しむ余裕こそが人間の良さなのかもしれませんね。そのコメントを読んで以来、合理化だけが正解ではないんだろうなと考えるようになりました。

 

この話、まだ膨らませられそうなので、この先はまたの機会に。





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